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藤巻 亮太

レミオロメン
ボーカル&ギター
1980年1月12日 / O型

2011年9月30日 (金)

ケニア

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あれほど濃かったアフリカの旅も、日本の日常のさざ波に少しずつ浸食されてあるものは意識の彼方に運ばれて行きます。寂しい気もしますが、だからこそ逆に最初は見えていなかったけど時間と共に固い芯の様なものがくっきり浮き彫りになる事もあります。
アフリカでは多くの現地に住む日本人の方と交流できたので、その人たちの事をふと思い出します。ある人はアフリカに魅せられて、ある人は強力な使命感を持ってそこで生きていました。
みんな本当にパワフルです。足りないし、不便だし、問題だらけ、
人は制約が多いほどバイタリティーが湧くのでしょうか。そんな事を最近考えます。

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写真は井村さんこの人最高!アフリカでパワフルに、そしてユーモアを持って生きてます。素晴らしいケニアのコーディネートお世話になりました。(ウォーキングサファリ以外は、、、笑)
ケニアに行く際はぜひぜひSalongo Tour Operatorを!


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ケニアではウォーキングサファリなるものを経験しました。
これはどういうものかと言いますと、地元のマサイ族と共に2泊3日でサファリを歩き野生動物をじかに見るという、大変スリリングなツアー。ヨーロッパでは主流とまでは言いませんが、このツアー、通の間で人気があるらしいのです。
しかし、旅行会社の方の知りうる限り、日本人でこれを経験したのは僕らが初めてとの事。
当日まで、ライオンが襲ってきたらどうするんだろう?とか、象の群れが突っ込んで来たらひとたまりもないな!っとか結構な緊張感、
しかし前日になったら当初同行する予定だった銃を持ったレンジャーが同行しない事が分かり、マサイ族はヤリの名人でみんな持ってるから大丈夫と言われ、いざ当日になったら一人しかヤリ持ってないし(笑)
しかもそいつだけメタボ、、、本当に、ほんとーに大丈夫か!!!
でも覚悟を決めて行くしかない。しかも前日飲みすぎて(これは自己責任)ちょい脱水気味、ケニアはルウェンゾリと打って変わってめちゃくちゃ暑い上に非常に乾燥してる。そんな大地を山越え谷越え20Km近く歩いたもんだから、ほんとーにピンチ。
僕ら水をあまり持っていかず(こちらも自己責任)、こんなに喉が乾いたのは中学の時の部活以来です、、涙。
でもそんな苦労の甲斐あって、さまざまな動物との感動的な出会いがありました!、、、、って書けたらどんなにいいだろう。3日間トータル50Kmも歩いて。見れた動物は遠くのシマウマと、マサイのヤギくらい、、、笑
どっ、動物園でもよかったじゃん
これにはもう笑うしかない、二人で大爆笑!
マサイ族の目が極端に良過ぎて、実はいたけど二人にだけ見えていなかったのか、あるいはアフリカ中の動物がストライキをおこしていたのか、何なのか、最後はアフリカの動物CG説まで飛び出し、大いに笑わせてもらいました。でも、こういう方が思い出に残ってるんだよね。マサイ族と歩いた3日間、最高の思い出です。

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彼の耳凄いでしょ、耳たぶのピアスの穴がイカリングみたいになっててそれを耳の上にひっかけてるみたい。


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この際だからはっきりさせときますけど、この世で一番好きな乗り物は気球で、一番嫌いな乗り物はセスナ機です!これはもう完璧に自分で自覚しました。気球最高!!
だからセスナ機で1時間なら、当然気球で5時間の方を選びますし!
気球で5日間だったら、当然セスナ機で1日を選びます!、、、、、、
あれっ矛盾してきた(笑)やっぱ限度はあるよね。
注意、、気球に乗っている時に下痢に襲われたら!という恐怖感は想像を絶しますので要注意。

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9月のあたま、アフリカも同じように満月でした。

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でも、アフリカには動物いるんですねー!感激!(笑)
マサイマラ自然保護区は地平線の向こうまでサバンナ、野生の動物を真近で見ました。

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マサイマラは天候にも恵まれ非常に気持ちよかった、だけど写真撮るのってどっと疲れる、、、生き物は思い通りにいかないから、根気が必要。


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サイの親子に遭遇、めちゃくちゃラッキーらしい!


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一日72回するんだって、そしてすぐ、、、
こうなります(笑)ほんとーにだらしなくてウケる。

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バッファローがそれを見てる訳ではありません。


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途中マサイ族の村へ、彼らの暮らしに触れる、、、、多分1%くらい


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こちらはケニアで1番大きなスラム街、キベラスラム80万人もの人が暮らしています。行く前まではスラムと聞くだけで、治安、衛生の劣悪さを想像していましたが、意外な印象として、住人のみんな社交的でいい顔しています。
ナイロビ市内にいる人間の方が、よっぽどあわよくば何かしてやろうって顔してます。勿論衛生的には非常に悪いですし、地元の青年に案内して頂いたから安全だったと言えますが、こう言う感覚は実際に行ってみないと実感できません。きっと損得だけで生きるかどうかって凄くその人の顔に出るんだと思います。

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でもスラムでの生活は非常に貧しくて苦しいのは事実、家の屋根には目の模様が、俺たちを見てくれ!!って世界に叫んでるように思えました。

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続いては、ナイロビ市にある30年間無計画に捨てられ続けているゴミ捨て場に行ってきました。キベラに続き、環境問題に取り組んでいる健さんに同行させてもらいました。
このゴミの量は半端じゃないですよ。やはり、コストの問題で先進国しか焼却処理施設は運営できない様です。
しかし、この大量のゴミの山を目の前にすると衛生的に人の健康に良い訳がないので(すぐ隣に住宅や学校が広がっている、更に言うと収集できているゴミは3割で、後の7割は不法投棄だそうです。)
ケニア人の平均寿命54.9才(2009年)なのだそうですけど、これは小さいうちに死亡してしまう子供の数が圧倒的に多いのと、老人の死亡率が高いから。
つまり免疫力や体力のない者にとって、衛生、医療は深刻な問題ですよ。
ゴミの山を前にそんな実態を垣間見ました。しかし、日本のジャイカの協力で福岡式という微生物がより効率よくゴミを処分できるゴミ処理場を建設予定とか、世界に貢献している日本の技術があり、人がいる事、誇らしい気持ちになりました。

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捨てにくる車と、拾いにくる車と
生活の為にゴミを拾っている人々、彼らにも養わなきゃいけない家族がいるし、自分がここで生まれて、これしか生きる術がないとしたら同じ事すると思う。だけど、この循環はどこかでストップさせないといけないよね。

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そして、この旅で出会ったユニセフ、ソマリア支援センターの國井修先生にアフリカの医療の現状、きっとそのごく一部でしかなかったでしょうけど聞かせて頂きました。
食料がない為に人々が死亡するだけが飢餓ではなく、食料があっても入手できない、食料があっても栄養不足が発生し死亡率が増えてしまう複雑な問題を抱えている実態があるようです。
50円のワクチンで救える命が沢山あるのになぜワクチンは足りないのか?水、食料があってもどうして必要とす人々の所に届かないのか?様々なジレンマを抱え異国の医療現場で何十年も、命と向き合って戦い続けている日本人がいる事。その姿勢に感銘を受けました。

國井先生が撮ったソマリアの首都モガディシュのコレラ病棟、コレラの子ども、内戦で負傷した子どもの写真3枚です。

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よかったら、このサイト見て下さい。東日本大震災の時は医療サポートとして帰国され、その光景を前に涙が止まらなかったとおっしゃっていました。

http://www.unforum.org/unstaff/23.html
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110831/222364/?rt=nocnt

東日本大震災でお亡くなりになった方々、行方不明者が2万人弱、日本で1年間に自殺者が3万人という実態、世界で予防可能な疾患で死亡する子供が1日3万人、、、
これをどう捉えていいか、生きたいのに生きれない人がいる一方で、生きれるのに死を選んでしまう人がいる。
一人の命はかけがえのない唯一の命、数やデータで語れない圧倒的な何かがそこにあります。
そんな中、國井先生から本当に心に残るメール頂きました。全部紹介したいくらいの内容でしたが、その中の一文、今の日本へのメッセージだと僕なりに感じたのでご紹介させて頂きたいと思います。
「世界には様々な価値観や考え、文化がありますが、普遍的で変わらないものもあります。それは親が子どもを思う気持ち、男女の愛、平和に幸せに暮らしたいという思いなどです。これに対して、僕は医療という形で応え、少しでもこの世の中から悲しみや苦しみを消したいと思っています。日本は海外から見ていて、東日本大震災のみならず、様々な理由で内向き、下向き、後ろ向きになっているように思います。日本人は本当は素晴らしい民族、もっと世界に目を向けて、日本はこんなにいい国なんだと自信を持って欲しい。そして世界が持つ悲しみや苦しみも軽減することに貢献する人材も育って欲しい。」
アフリカは日本よりも生きることが赤裸々で、死と隣り合わせとおっしゃってもいました。命を取り巻く問題は余りに深くて重たいです。ですが、そこと真っ正面から向き合い行動している方がいる。
分野は違えど野口健さんにも同じものを感じます。
「少しでもこの世の中から悲しみや苦しみを消したい」本当にそう思うしどんな行動しよう?
人間は心と身体で出来ています。僕にとって音楽で応えられる事を見つめ直す切っ掛けになりました。
固い文になってしまいましたね、、そんな國井先生ですが、お話しすると気さくでユーモアのある最高のジェントルマンでした!


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3週間の長い様で短かった旅、様々な出会いに恵まれ、素晴らしい思い出となりました。アフリカを旅して、どこに目を向けて生きるか、生きる上での目線や視野について、はっとさせられる事の連続。
僕は、歌詞で「僕たち」という言葉と「世界」という言葉を使う時、凄く悩みます。きっと全ての物事はどこかで繋がっていて、関係し合って人は生きているからこそ、それが誰から誰までを指し、どこからどこまでを示す言葉なのか、そこが大切だと感じるからです。アフリカで出会ったあらゆる生命の熱量が、自分の中のそれらをまた新たなものに変えてくれた気がします。アフリカはエネルギッシュで美しい魅力も沢山感じましたが、その現状は僕の見た何倍もシリアスだという印象も残ります。
さー、また自分に出来る事探さないとねっ!
でも、アフリカ行けて本当に良かった!健さんいつも旅に誘ってくれてありがとうございます!野口健事務所のみなさん旅の手配等、大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
次回はまたどんな旅になるか!!、、、気が早いか(笑)でも楽しみです。

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PS.こんなに長いブログになるとはまさか思わなかった、、、もう本当に大変だったけど(笑)
だったらまず音楽やれよ!ってね言われてもしょうがないんだけどさ、
これをカタチにしておかないと、どうも、すっきり前に次に進めない気がして、、半分自分の為に書きました。
長々読んでくれてありがとう。

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2011年9月25日 (日)

ウガンダ

今回僕は初めてアフリカに行きました。
誘ってくれたのは、親友のアルピニスト野口健さん。

行った先は、ウガンダとケニア
今までの人生で感じてきたアフリカのイメージ、それをフル動員させても、
自分の五感全てで感じたこの3週間の旅には遠く及ばず、
濃く深くアフリカを満喫しました。

そこは世界経済の縮図のようであり、生きるむき出しの本能そのものでした。
その想いをアフリカ若葉マークにのせて、ブログに綴ってみます。
とは言っても健さん同様、なんせ撮った写真が多すぎる!!

のでウガンダ編と、ケニア編に分けます。
こんなにいっぱい撮るから、
整理するの大変になってブログ書かなくなるんだろうな〜
なんて、見て下さった方に楽しんでもらえたら幸いです。

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ウガンダで今回登ったルウェンゾリ山系はナイル川の源流であり、
古来より月の山と呼ばれているらしいのですが、
雨の山とも呼べるくらい年間通じて雨の多い山。
今回はそこまで雨に降られず運が良い方でしたが、
その豊富な雨量が標高5000M近くの高地にまで植物を育む命の源となっています。
ジャイアントロベリアやセネシオといった聞き慣れない植物たちが美しく茂り、
古来の地球を思わせる秘境と呼ぶにふさわしい景観です。


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現地のガイド、コック、レンジャー、ポーター達とともに
山頂直下エレナ小屋(4970M)を目指します。
熱帯雨林を越え、ルウェンゾリの代名詞となっている湿地帯を泥と格闘しながら
(最後の方はほんとーに嫌になる、笑)長靴でトボトボ歩き、
神秘の世界を一週間トレッキング。


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あれに見えるはルウェンゾリ山系で一番高い山マルガリータ峰
アフリカで三番目に高い山です。
雨の多い山にとって、その頂を目に出来るのも貴重な体験、
更になんと雲にその影が写っています!


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山小屋に着くと、やっと長靴が脱げる!
この瞬間がめちゃ気持ちいい!
、そしてチーズとサラミとウィスキーって完全に山男!
、、、だけど美しい景色を眺めながら、これ最高の贅沢!


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ほろ酔いで作曲、デキの方は聞かないで下さい(笑)


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彼は一緒に山を登った名もない料理人、(いや、あるはずだ)
大きな声では言えませんが去年のコックの味はひどかったと健さんが言っていたもんだから、
一週間くらい我慢するかとあきらめモードでしたが、彼の料理は美味かった!
山ってご飯が楽しみだからさ、これには感激です。
だけど彼は僕らが食べてる様子をちょいちょいチェックしに来ては、
あごを突き出し「どうだ、美味いだろ!」って勝ち誇った顔をしてきます。
ので最後の方はリアクションにちょっと疲れた(笑) いいやつだったけどね


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雪の中に突如こぶたちゃんがheart01、メルヘンな1枚


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マクロな世界にも宇宙が広がっています。
ここにはまりだすと、かなりマニアックな世界に突入してゆきます。
性格的に僕はそっちの傾向があるので、
危うくアフリカに来たのにこんな写真ばっか撮るとこでした。


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エレナ小屋着いたぞー!という安堵も束の間、あれほど気をつけていたのに、
苔だと思って踏んだ地面が深いい水たまり(涙)
達成感から一気にテンション激下がり。でもって当然写真への情熱も氷点下
山頂の写真少ないって珍しいよね(笑)
ま、曇ってるし、さみーし、足ぐちょぐちょだし、早く下りますか、、、みたいな


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これは友人にブログにはいらないんじゃない!
って言われた1枚 小屋のドアの隙間から枯れた木が写り込むという奇跡でアートな1枚
、、、、、になるはずだったのですが、、、 いいの、、、
今は自分が一番分かってるから、そっとしといて下さい、、
プロってやっぱり作品主義じゃなきゃね。
だけど人間ってあの時どんだけ苦労して撮ったかとか、
自分の想いが先行しちゃう時、、、あるよね〜
ま、場所もとるしほんとにいらなかったかもだけど(笑)文章もセットでメッセージな1枚


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みなさん覚えてますか、ルウェンゾリは月の山、そして雨の山
二つを掛け合わせると、この写真がいかに奇跡な1枚か、
ご理解いただけましたか 、、、
写真だけでは説得力が足りぬと感じ、ちょっと解説に頼りすぎてきました、、

ヤバい流れだ


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カメレオンは凄い!、ジャングルと完全に同化してる、
僕も視力いい方なんだけど本気で見つけられません。
木の幹の周りでは幹の色に、葉っぱの周りでは葉っぱの色に変色!
比喩表現として「まるでカメレオンのようだ!」って大正解!
けど、現地ガイドはもっと凄い!いとも簡単に見つけちゃうのです!
そして「おっめ〜よっ、あっそこにいっだろ〜よ〜」って
(多分こんな感じじゃないと思うけど)どや顔です
とにかく脅威の視力!、そう思うとカメレオン、、、まだまだだな〜(笑)


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中でも苔の繁殖は凄い!

僕、屋久島が好きなんですけど、屋久島の苔が繊細で豊かな美しさだとしたら、
ルウェンゾリの苔は派手でダイナミック、圧倒的な世界。
きっと高い標高と雨量の関係性による栄養価の低さの影響で、
限られた植生しか残らないんだろうけど そこを生き延びた気合いの入った
植物達の美しい景色が地球の裏側ルウェンゾリには広がっています!!!
時差6時間


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東洋人の男と国籍不明の男二人が山のロッジで楽しげに写真撮ったり、
ギター弾いて歌ってたりしてたら、 それはもー、
客観的におおいにホモ疑惑注意報です(笑)
ルウェンゾリで出会ったBBCのテレビクルーなんか、
こっちをチラチラ見ては、こいつらこんなマニアックな山に来ていったい何やってんだ?
的な冷ややかな視線
R「絶対ホモだと思われてますよね」、、、K「だよね」って
でもご心配なく 俺たちがどんだけ女の子が好きか知らねーのか!ってね(笑)
ニッポン男児なめんなよって!
ガツンと言ってやりましたよ!、、、、、心の中で(涙)
ま、それはそうと三行前の発言も、それはそれで問題ありだな。

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それでもメンバーみんな無事に下山、
もうこの頃になると髪の毛を洗う事と、冷たーい白ワインの事しか頭にありませんが。
それにもまして静かな達成感につつまれる瞬間でもあります。
達成感は人を静かに、でも確実に変えます。


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ウガンダは自然も人間も素朴な魅力に溢れた国、とても好感がもてました。
もちろん基本的に自分の身は自分で守りましょう!が鉄則ですが、
常識の範囲内で行動すれば首都カンパラは治安も安定している印象。
ゴリラも有名ですし、興味のある方は是非ウガンダ行ってみて下さい。
今回の旅で非常に恵まれていたのは現地に住む日本の方と交流できた事です。
話によると、30年ほど前まで続いた独裁政権によって、ウガンダでは老人の姿をほとんど見かけません。
寿命で亡くなった訳ではなく、アミン政権時代に多くの人々が虐殺されたのが理由だそうです。
ウガンダに限った話ではなくアフリカの諸問題の根底には、
豊富な資源を搾取しようとする先進国と、その利権を巡る政治的、
民族的争いで、多くの市民が犠牲になるという構図があるようです。
僕も若葉マークなりに、実際にウガンダの田舎の村、
その生活フィールドで実感できたアフリカの側面もありました。
今回働いてくれたポーター1人に対して1日に支払う額は8ドルです。
その内40%は会社の取り分で、実質4ドル80セントが本人に入ります。
重たい荷物を担ぎ、泥の中を7時間、8時間歩いてこの額です。
それでも現地の人がバナナを売って暮らすより破格の稼ぎになります。
みんな家族の話を楽しそうにし、仲間どうし支え合い、本当にいい顔をしています。
それは経済だけでは人生の価値は計れぬ動かぬ証拠のような顔でした。
しかし世界には経済格差で生まれる不幸があるのも事実。
1日1ドル以下で生活している人の数は、世界人口の1/5と言われています。
貧困により世界で予防可能な疾患で死亡する子供が1日3万人もいるとの事
この旅で日本の生活価値観だけで生きていったら、絶対に何かが狂ってくると僕は寒気を感じました。
全ての物事はどこかで繋がっていて、人々は無数の小さな接点で関係し合っているからです。
知らないだけで身の回りでアフリカの資源からなる製品、沢山使ってますよ、きっと
その恩恵を受けて生きている以上、自分の人生の中にすでにアフリカが存在している。
それがこの旅で得た、ささやかだけど生身の実感でした。
世界にはあらゆる叫びがあります。
それが他人事か、自分事か、その線引きをするのは自分です。
旅は世界を知り、自分を知り、明日を問いかけてきます。
僕には偉そうな事は何も出来ませんが、音楽にしか出来ない事、
それを探す日々にまた新たな気持ちでチャレンジしたいと思います。

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(photo by Ken Noguchi)


2011年4月28日 (木)

4月28日

Your Songsライブ

僕らにとって今回のライブは意味深いものとなりました。
初めてのstrings&hornによるコンサート
ミュージシャンとしての新たなチャレンジ、仲間たちと奏でられた一音一音が、深い喜び、純粋な楽しさとともに鳴り響きました。
そして何より会場を包む人の想いの優しいハーモニーがあり、親密なグルーヴが生まれた事が嬉しかったです。

そしてもう一つ、3.11をはさんで26日、27日の神戸公演
大きなテーマを突きつけられた気がしました。
今この日本で、被災地や被災者の方々の為に何が出来るのか?
誰もがそれを考え、小さくても一つずつ実行する、そんな和が広がっていると思います。
僕らは、音楽を鳴らし集まってくれたみんなが元気になってくれる為に、またその元気の和が人から人へ、そして日本中へ広がってゆく願いを込めて
自らは勿論の事、募金を募り責任を持って届ける事で
それを示す道を選びました。
神戸公演は僕らにとって、そのスタートを切った特別なライブになりました。

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4月7日、啓介とともにap bankの炊き出しに参加してきました。
宮城県石巻市、津波の被害はあまりに残酷で、その光景を前に僕らは言葉を失ってしまいました。
自分の住んでいるこの日本で、この様な惨状に苦しんでいる人がいる事実を目の当たりにしました。またその現実に必死に立ち向かっている人たちの姿に心を打たれました。

カレーを提供するお手伝いをしながら、自分に何が出来るだろう?そう問いかけました。
その後、女川町にある保育所の避難所へささやかながら物資を届けに行った時、そこにいらっしゃった方々に、何か歌ってほしいと声をかけられました。
僕は、音楽なんか求められる状況じゃないんじゃないか?と想像してはいたものの、もしそう言って求めてくれたら喜んで歌いたいという気持ちでアコギを車に積んでいました。
だからその一言がとっても嬉しかったです。そこで「3月9日」を歌わせてもらいました。
隣にいた啓介も同じ気持ちだったでしょう。訳あって今回は来れなかったオサも。
4月7日、東北地方の桜はまだ蕾だったけど、「桜の蕾は春へと続きます」
3月9日を歌い終わった後、みんなの笑顔を見て本気でそう思えました。
国や政府に言いたい事は沢山あるでしょう。
原発の問題に日本の命運がかかっています。
そして世に出ている各種情報を疑りだしたら文字通り疑心は暗やみの鬼になってしまいます。
ですが、過酷な被災地を見て、そこから離れて暮らしている僕らが被害者意識をもってはいけないと感じました。元気のある人は元気でいなければなりません、その和を東日本まで広げなければ。
経済だって回さなければ、最終的には被災者の皆さんにしわ寄せが来てしまいます。
自分に出来るのは音楽です。
今この時代を生きる僕たち一人一人が被害を受けられた方々の為に日本の復興の為に、今出来る事を、こつこつ精一杯続けてゆきましょう。
あの時代を僕らは乗り切った!そう言える新しい日本の為に。
そして被災地や原発処理の、正に現場で働いていらっしゃる全ての方々に感謝の気持ちを持ちたいと思います。

そしてその日の晩、本震以降最大、震度6強の余震が東北地方を襲いました。
僕らは翌日の活動に備えテントの中、寝袋にくるまって早々に寝ていました。
そして23時半を回った頃、今までの人生で体験した事のない激しい揺れで目を覚ましました。
地震の地鳴りの音、みんなの携帯の緊急地震速報のアラーム音、そして町中に響く津波警報。こう言う状況こそ冷静でいなければならないと思いつつも、心臓がバクバク音を立て身体がこわばり、激しい揺れの中、初めて地震の恐さを知りました。
大学の校舎へ避難し、停電した真っ暗な街を見ながら津波の恐怖を感じました。
本震はそれを遥かに越えていたと現地の方に聞きました。
日本中、これからもいつどこで地震は起こるか分かりません。
一人一人が自分で出来る範囲の地震対策をして、避難のイメージを持っておく事が大切だと感じました。

ブログ大変遅れてしまいました、状況が刻一刻と変化して行く中、自分も何を書いていいか悩んでいました。
ライブに来てくれたみんなありがとう
そして、後半は体験談でした。
地元山梨の桃の花です。最後に載せたくなりました。

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2011年1月11日 (火)

1月11日

自分、ミュージシャンなのに完璧に旅行記みたいなブログになってきてますね(笑)ヒマラヤに来れる事なんてめったにないでしょ?だから少しでもみんなにこの魅力を伝えたくってブログ書いちゃうんです。
(歌で伝えろ!って?、、、笑)それはいつかやるとして、、、
去年初めてカメラを買ってから、激的に写真にはまりまして、写真を沢山撮ると、ブログ書いちゃうんですねー!

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そう前回、1月2日は自分自身、心も身体も絶好調だったので、無理してしまったのか、その後、緊張の糸が切れてしまったのか、1月3日は朝からどうも気持ちがのらない感じ、最終的に目指すはカラパタール5550Mの山なんだけど、この日はその直前一つ前のロブチェ(4700M)という村まで行く行程。
途中、エベレストに挑み命を落としたシェルパの方々のお墓を見舞い山の世界の美しさ厳しさに想いを馳せながら、長い上り坂を登ってゆきます。

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が、昨日5404Mまで登ったのに、この日は4400Mを過ぎたくらいからかな、なだらかな坂道を歩くのは平気なんだけど、勾配がきつくなると、頭がズキンズキン、もしかしてこれって高山病!
ガーン、どおりで歩くピッチが上がらない、まだまだ酷い状態じゃなかったけど、ロブチェに着いてもやっぱり治らない。

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明日カラパタール山頂アタックなのにこれはいかんぞ!と一人考え、こっそり高山病の薬ダイオマックスを飲む事に、試し〜に2錠飲んでみたんですが、、、、実はこの薬、ちゃんと専門家の指示を仰がないといけないようでして、、、(当たり前か)とは知らず、心配してくれた健さんや、ダータシから大丈夫?と聞かれ、薬2錠飲んだから大丈夫っすよ、って軽く答えたら、二人の顔が若干、曇り気味、、、、
ダメだよ!普通は半錠だよ!って、、、、、そうなんですこの薬、利尿作用がすっごい強くて、なおかつ翌日手足に少し痺れがくる可能性も!と、なかなか強いお薬!
なので2錠は飲み過ぎ!
僕そういうところあるんです、、、一人で相談せずやってトゥーマッチ!!
そういうとこ本当に良くないなーと、反省、、、
今夜は沢山水分とってねと言われ各々の部屋へ、、、ここからです。
完璧に薬が効いてきて、朝までに4回もトイレに行くはめに!
しかも毎回MAX状態、、、めっちゃ寒いのに!、早く止まってくれ〜
すいません下品なお話で(笑)
でも凄いっす!身体の中の代謝?循環が良くなって高山病ピタッと治ったんです。
翌朝は何もなかったように超元気!(結果オーライかな、、、笑)

そんなこんなで、いざ山頂へ向けアタックです!!!

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翌1月4日、朝5時起床、6時前には出発。まだ辺りは薄暗く、星は夜明け前最後の輝きで僕らを送り出してくれているようです!
暗い内から登る高揚感、緊張感、その雰囲気が冒険心をあおります。
足音、呼吸の音、風の音、それ以外の音はまだ眠りの向こうの世界。

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白んでゆく空の向こう、8000M級の山々を赤く染める太陽に一歩ずつ近付くのです。それでいて永遠の彼方、その幻へ向かい光の中を一歩ごとに漂う様です。
絵の具のチューブからそのまま出したかの青が、質量も無く空に張り付き、そこを滑る雲が必然とも偶然とも判別がつかぬまま流れてゆきます。時がその後ろを追って腕時計に現れるまでにも時間がかかるほどです。
生き物の気配がなくなってゆくのと行き違いに、山々の無機質の内に閉じ込められていた静かな温もりが氷点下の世界に溢れてゆきます。この星も静かに呼吸をしているようです。
尖った場所に惹かれるのはなぜでしょう。その先にある次の概念と運命的な恋に落ちてしまうからでしょうか、その先端を前に、まるで海の先、水平線の向こうにある圧倒的な予感に似て、
尖る、確かな重みをもってエベレストが

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山頂の眺め、反り立つプモリ、圧倒的なヒマラヤの山々の一番奥深く底知れぬ存在感のエベレスト、360°神々しいまでのコントラストの世界、長かった旅の到達地点カラパタール山頂、そこで、どうしても歌を歌ってみたかったです。ギターにのせて「Your Song」を歌った時、一瞬風が止んで、山々が聴いてくれている様でした。5550M、−10℃〜15℃、手がかじかんで、鼻水も止まらない(笑)
でも歌とギターの音が響き渡った世界はあまりにも気持ちよくて、何曲も歌いました。

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2011年1月 6日 (木)

1月6日

前回は12月30日、ナムチェでの高地順応まででしたね。
ナムチェのロッジにエドモンドヒラリーという登山家が1953年にエベレストに初登頂した時の写真のポスターがあったのでまずカメラにおさめました、この写真にぐっと惹き付けられました。

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翌日、大晦日はアップダウンも含め、けっこう長い距離を移動しましたよ。
ナムチェを出発し目指すはパンボチェという村、ヒマラヤ街道とでも呼ぶんでしょうか、山腹を切り取った道をひたすらゆっくり歩きます。
途中で昼食をとる事に、そこで腕を振るったのがデンディー!
チャーハンにジャパニーズ桜えびが入っていて中々泣かせる演出で美味しかったー!

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その行程の中で600Mくらいの登りを越えた先がタンボチェという村で、ヒマラヤの山々に囲まれた寺院があります。ここを越えるとグッと空気がしまって4000M級の山の世界に変わります。
そしてそこから更に2時間くらい歩くとパンボチェに着きます。
その道程で、深—い谷に架かった吊り橋を渡ります。
そこから見える漢字の「山」の字にそっくりなアマダマラムという山が前方右手に見えてきます。

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この日は宿に着くのが夕方過ぎになってしまったんですが、ロッジに着いてほどなく、ひらひらと粉雪が降り始めました。去年は紅白に出て「こなー!」って歌っていたのに、今年はヒマラヤの山奥で粉〜雪です!(笑)
、、、、本当に人生って分からないもんです!実感しますよ、本当に!
その時はまだ健さんに出会っていなかったですし、人の縁で世界がこんなにも開けてゆくなんて!
ワンダフルを感じた2010年、大晦日の日でした。
その後、健さんに頂いたうなぎをみんなで食べ、ジャパニーズ年越し!!!
ってか、山の生活は朝早く起きて三食確り食べて夜は早く寝るといった感じで、東京にいる以上に規則正しくて、本当に健康的です。
この日も9時か10時には寝ました。

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新年開けて2011年1月1日は白銀の世界とともに始まりました!
ディンボチェという村を目指し、うっすら積もった雪の上を一同進んでいきます。しばらく歩くと雪も上がり、急に景色が開けた先にヌプツェ(7000M級)とローツェ(8000M)の山がドーンと姿を現します。雪の降った後なだけに、空気が澄んで、素晴らしい眺めとなりました。
この旅の道すがら、前に紹介したゾッキョと、もう少し毛の長いヤクとよくすれ違います。秋は凄く荒っぽくて大変との事なんですが、この時期はおとなしいらしく落ち着いています、そこを追いかけていって、粘り強く撮影。

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4414Mのディンボチェの村に着いたのが昼過ぎだったので、そこから残りの時間4800Mくらいまで近くの丘に登って高地順応、ディンボチェの村が視野に広がりそれを挟むように目の前左にアマダマラムと右にタウツェの山が奇麗に見えます。
元旦は雪のお陰で素晴らしい景色に恵まれ、幸先いいなー!

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翌1月2日は、高地順応日となり、めちゃめちゃ体調も良かったので、その村から更に東にあがったチュクンと言う村へ行き、そこから更にチュクンリという山に登ろうと言う事になりました。
何とチュクンリは5404Mもあるんですよ!トレッキングで行ける高度
としてはかなりの高さ!(その上は雪があって、装備がガラッと変わるそうです)
この日の僕はマジで調子が良くて、朝早く起き集合時間前に、昨日の丘に軽〜く登ってまず一人でプチ高地順応(笑)
ここは一人で考え事をしたり、朝日がどんどん昇ってくる様子をただ、ぼけーっと見たり、自分でも本当にいい時間でした。
帰りがけ集合時間に遅れそうだったので、ちょい走って帰ったら、健さんに、ほんと元気だねーと感心される感じ!(あきれられた感じ、、、、笑)

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朝食をとり、そこからチュクンへはなだらかな川沿いを上がっていきます。
この道程は本当ーに気持ちいい。みんなでわいわい進みます。
そしてチュクン(4700M)で軽食をとりそこからいよいよ、チュクンリまで約700Mの登り!これがマジできついっす(笑)
途中5000Mを越えた記念にみんなで記念撮影しつつ


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残り400Mはちょっと歩くだけでもすぐに息が切れる世界、みんなでゆっくりゆっくり上がっていきます。そしていよいよ頂上に達した時にはその景色に感激!
ほんの循環日だったのにこの達成感はいったい何なんだ!
嬉しすぎるぜ!!!ヒマラヤ!!!
頂上ではみんなで喜びを分かち合いつつ記念写真。
360度見渡す限り、6000〜8000M級の山々に囲まれた眺めは正に壮大なスケール!特にローツェとヌプツェは圧巻!!!


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ルンルンな気持ちでディンボチェの村まで戻りました。
その途中、影で記念撮影、、、、、思えば記念写真めっちゃ増えたっす
本当、僕らジャパニーズ(笑)

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村に帰り寝る間際、ふらっと外に出た時の星空の凄さ!今回は三脚を持ってきていたので(だから記念撮影が増えた)初めて星空撮影に成功、すっごい数の星たちが夜空を彩っておりました。

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でもこの日は本当に調子が良くて朝から飛ばしすぎたのか!はたまたチュクンリ登頂の達成感が凄過ぎたのか!翌日はど〜も気持ちがのらず、人生初のアレに襲われるはめに、、、、つづく

2011年1月 2日 (日)

1月2日

いよいよ旅が始まり、バンコクを経由し目指すはヒマラヤ!
僕にとってタイも、ネパールも初めての地
ツアーが終わってすぐプロモーションとビルボードライブに向けての日々だったので出発前夜は、もう気が抜けてしまって久々身体がぐったり(笑)
健さんに今まで会った中で一番疲れた顔してるね〜って(笑)
このまま行って大丈夫かいな?、、、、、自分でも不安を覚えつつ出発、、、
でも温かーいタイでタイ料理をたらふく食べ、その翌日いよいよカトマンズへ向け出発!
その機の遥か彼方、国際線と同じ目線の先にヒマラヤ山脈を見つけた時、あの山の麓、その最も近くまで歩いて行くのかと思うと胸が高鳴りました!
さすがヒマラヤ山脈は高い!!!
そんなこんなで茶褐色の大地を文字通り飛び越えカトマンズへ到着!
ホテルで荷物整理をした後、チベット仏教の寺院へ行ってきました。
中央に塔がそびえるドーム型の寺院の周りを巡礼者や観光客が時計回りにぐるぐる参拝します、塔から伸びる四色の旗が風にはためき、その中央より世界の隅々を見渡すかの様な仏陀の目、それはどんな感情もこもっていない様でいて全ての心の動きを示している眼差しで、心の奥底まで見透かされそうな感じ。まさしく厳かで、神秘的であり、世界は広くてそして深いです。

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翌朝は緊張とともに始まりました。
なぜかって?、カトマンズから、トレッキングの玄関口ルクラ(ロルクラじゃないよ)への飛行機が有名な怖〜い便だと聞いたからです。ひょえ〜
通路を挟んで左右に一人ずつしか乗れない狭いセスナ機を前に、みんな心なしか緊張気味、気晴らしに冗談を言い合うも目が笑ってないつーの(笑)
でも覚悟を決めていざ搭乗!
不安をよそに割とスムーズに離陸し快調に飛んでいきます、位置的にはヒマラヤ山脈の方向へ飛んでいくので窓からの眺めは抜群!
あれ、噂に聞くほどでもないな〜、、なーんて余裕をこいている矢先、ルクラに着く間際、飛行機が山間に向けて高度を下ろした頃です、
きちゃったー!ヒマラヤの谷から吹き上げる強烈な風!僕ジェットコースターが本当に苦手なんですけど、、、、今までのNo1ここででました!(笑)
機体が上下左右にグワングワン揺れ、窓のすぐそこまで岩肌が迫り(実際には全然そんなことはないんだけど、、、そう見えたっす)
マジでマジで家に帰りたい(涙)
その恐怖の時間が続いた後(そういう時間は長く感じる)、目の前にルクラの飛行場が!助かったー!ってあれの事言ってんの!
山の中腹に超短い滑走路が、しかも上り坂じゃん!マジ大丈夫か!
でも毎日何便もの飛行機の離発着を繰り返している滑走路なだけに、いかにも「いいから黙って来いよ!」と男前な姿勢をくずさず、僕らの機体を待ち受けております!頼む!無事着陸しておくれ、、、
ドーンと前輪が滑走路に着くと同時にプロペラ逆回転の猛烈な音がし、ほどなく無事に着陸しました。機体はきっといつもと同じであろう場所に、あたかも何事もなかったかの様にひたっと収まりました、、インディージョーンズみたいな経験でした、、、
ほっ、、、一同束の間みんな歓声をあげる(笑)
しかしそれだけの想いをして来た場所だけあって、飛行場に降り立った時、そこに広がっていた世界の、空間も時間も明らかに今まで捉えた事のない感動に満ちていました!
感動って人を元気にするんだね!出発前より明らかに元気な自分がいました!
そう、これから幾度も、心のひだに何かが触れる感覚を味わう事になります!!!!

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一緒に旅をサポートしてくれるシェルパは健さんの長年の友人で数々の山を一緒に登ったサーダーとデンディーそれと新米20才のラクパです。
サーダーとはシェルパ頭の事だそうで本名ダータシ(しかもダータシとは月曜日って意味で、シェルの皆さんはほとんどが生まれた日の曜日が名前になるそうです!、、、けっこうややこしいね、、、笑)そう、ダータシは年の頃50くらいのベテランシェルパ!トレッキングを先導してくれ、いつも笑顔を絶やさず、安心感を与えてくれます。
デンディーはコックさんのシェルパで、道中厨房に立ってネパール料理を作ってくれたんですが、ルクラ到着の日に作ってもらったカレーはマジで衝撃的に美味かったです!!!僕は、日本人がほぼそうであるように、けっこうカレー好きなんですけど、このカレーには参りました!の一言!今まで味わったことのないスパイスの香りと、青唐辛子のちょうどいい辛さ、これがめちゃウマかったっす!!!
よし!お腹もいっぱい!いざトレッキング開始!

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(左から健さんのマネージャー小島君、ダータシ、デンディー、ラクパ)

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まずはパクディンという村へ向かいます。人とゾッキョ(牛)が道を譲り合い、人と人はナマステーと挨拶し合いながら歩いて行きます。
現地のポーターさんは重さ50kgはあろうかという荷物を頭に載せ運んでいきます、これには凄いなーの一言。
所々ラマ教寺院を通り抜け、この日は早々村で一泊、その夕食間際、突然の停電(笑)水力発電ではよくある事らしく、ロウソクを囲みながらの夕食も中々おつなもの、お腹いっぱいになり、それぞれのロッジに帰る時、パッと見上げた夜空の何と星の多い事!!!
ここにも感動が!(普段あんまり感動なんて言葉恥ずかしくて使わないんですけど、、、、でもこれが当てはまるんです。)
上はもっと凄いよ!って健さんの笑顔が印象的でした!
そして明日からのトレッキングに備えゆっくり寝る事に。

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翌日はナムチェというヒマラヤ街道いち大きな村へ向かいます。
この日も基本ゆっくりと歩きながら途中で確り休憩を取りつつ歩きます。
進めば進むほど景色が徐々に変わるんですね、川に沿って何個かカーブを曲がると新しい山が見え、深い谷が見え、吊り橋を越えて行きます、途中健さんの友人でもあり世界的な女性登山家でもある谷口けいさんに出会いました。お二人は積もる話を延々と(笑)失礼、、しながらもとっても楽しそう!けいさんも健さんに負けず劣らずパワフルにマシンガントーク!やっぱり山って面白い!

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最後の道程はグーンっと600Mも高度を上げる坂が!
そこを抜けると見えてくるのがバザールで有名なナムチェです。ここまで来ると高度も3400Mでもうちょいで富士山山頂くらい。高地トレッキングで一番大切なのは低酸素に慣れてゆく高地順応だと健さんがおっしゃっていたのを肝に銘じ、昨日、今日とゆっくり歩き、確り休んで身体に順応させる事を心がけていきます。

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30日は、集合時間よりも早く起き、宿の向かいにそびえるオンベリィという山の朝日に染まる写真を撮りました。
そう、この日はナムチェ周辺の丘を(富士山山頂の高さくらいまで)グルッと一周して更に高地順応させる行程になりました。これは楽しかったー!
まずはナムチェを背にひたすら坂を登ってゆきます!
そしてそこからナムチェの村を見下ろした印象は天空の城ラピュタに出てくるパズーの村(分かるかな?)です。
そこから出会う景色が凄いんです!(目に映る景色の凄さは日に日に更新されていく予感!)
それでもまだ距離はあるんですけど、初めて生でエベレストを見ました!
待てよ待てよ、、、ここって富士山山頂位だよな、、、どんだけ高いんですか!エベレスト!(笑)

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(中央左の尾根の一つ向こうの山)

この日はみんなリラックスして、ただただ写真を撮り楽しみました!メイビーまた写真魂に火がついた感じ(笑)


その後訪れた村で子供たちが何やらやっております。
近付いてみると白いボールを蹴ってサッカーをやっていました!
僕の心の中の何かが弾けて、これは楽しそうだ!と一気に駆け寄り、俺もまぜてくれー!
こっちの子供はみんな無邪気「いいよ、いっしょにやろうぜ!」(多分そんな感じ)って言ってくれたので急きょ一緒にサッカーをやる事に!
これがめっちゃめっちゃ楽しい!
、、、のに何でこんなに息が切れるの?、、、、当たり前か(笑)
ここは富士山山頂くらいの標高!!!(順応中にはデンジャラスと叱られつつ)
でもね、これは本当いい思い出になりましたよ!!
最後はみんなで記念撮影、ハイチーズ!!!

明日からもまだまだトレッキングは続きます!健さんも言っていましたが、準備と順応を確りすれば女性でも十分来れる場所、行き交う海外のトレッカーはむしろ夫婦か恋人同士かそういったグループが多いかも、好きな人にはすっごくいいよ!!!
山って男のロマンって時代はもう古いのかもね♪♪♪

出国時よりだいぶ元気になっております!
そしてこれが2011年今年最初の更新になりました!あけましておめでとうございます!
(このブログがアップできるのは、一緒にいる小島君の尽力のおかげです! 本当にありがとうございます!)

みんな、今年も宜しくお願いします。

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2010年12月27日 (月)

12月26日

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年内最後のライブが23日、ビルボードライブ東京でありました♪
僕らにとって初となる1日2公演、ツアーとは違うセットリストそしてツアーとはひと味違う会場の雰囲気に、凛と緊張感をもってのぞんだ1回目、そしてとってもリラックスした演奏のできた2回目、どちらも忘れられないライブになりました!
10th ANNIVERSARY BOXを手にとって下さった方々、そしてライブを観にきてくれたみんな本当にありがとう!

唐突ですが、僕
今日から
ヒマラヤに行ってきます!!!!


、、、、どう?
ビックリした!!!(笑)

今回もお世話になるのは勿論プロ中のプロ、アルピニスト、野口健さんです!
旅の安全、身体の健康を第一に考え無理のないようヒマラヤの雄大な自然、トレッキング先で滞在するシェルパの村々を心ゆくまで楽しんできたいと思います!

メンバーの2人やスタッフには、そこ行って休めんの!?(笑)って言われますけど(特に女性スタッフにはこの魅力が伝わらないらしく、何でわざわざこんな寒い時にそんなとこ行くのかしら?って目で見られます、、、う〜ん悲ぴい、、、、笑、、、でもとっても心配してくれるので、嬉ぴー♪♪♪)
これはですね!男のロマンなのです!(と同時に女子に理解の難しいもののひとつでもあります♪)
今までに見た事のない素晴らしい景色をこの目で見てみたい、そこで何かを感じたい!
健さんに出会わなければ一生縁のない世界だったでしょう
なので思い切って楽しんでこようと思います。
そして心配して下さる皆様に迷惑をかけぬよう、また新たな年にみんなと元気に会えるよう、気をつけていって参ります!!!

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もし旅の途中で更新できたらしますね♪♪♪

2010年12月13日 (月)

12月9日

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レミオロメン10th Anniversary TOUR 2010 "花鳥風月"
12月9日、東京NHKホールをもちまして、無事64公演、全て終了いたしました!!!
5月から始まった僕らにとって最長のこのツアー!思い返すと楽しい思い出でいっぱいです♪♪♪
このツアーに来てくれたファンのみんな本当にありがとうございました
一緒に音を奏でてくれた皆川さん、河口さん、身近で、ずっと僕らのケア、サポートをしてくれていた皆さん、ステージ周り演出のみんな、企画から本番のしきりまで担ってくれた方々、ツアーの搬入、搬出、移動まで全ての行程でお世話になったみなさん、地方で僕らを支えてくれた方々、このツアーに尽力いただいた全てのスタッフの皆様に心から感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました♪♪♪


当日もいつもと何ら変わらず会場入りし、いつもお馴染みのメンバーとともにサウンドチェック!そしていつもと同じ様にあっという間に本番前になっていました。
、、、、ってあまりにもいつもと同じ過ぎる(笑)
あれっ今日ってファイナルだよなー、最初のMCではまだこのツアーが今日で終わるっていうリアリティーがなくて、64本の最後って、これでいいのかな?って、、、笑♪
でも僕は最近思います。同じ事を続けるって強い!
ツアーは来てくれるお客さんも、会場の鳴りも雰囲気も全部違います。どんな環境でも同じ集中した気持ちでステージに立てる様にする。
まったく同じにならないからこそ、自分のステージに対する流れは同じ様に♪

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ってなわけで、それは突然襲ってきました、あっもう終わりなんだ、、、、
みんなに呼んでもらったアンコール。ステージに立った時、客席から温かい拍手を頂いて、寂しさと同時に、胸いっぱいの感謝の気持ち、もう少しツアー続けたいなーって気持ちが心の中に甘酸っぱく広がっていきました。
そして最後、
「笑って心開いたら、あなたのこと好きになった」
う〜ん、我ながらいい言葉だ!!!
このツアーに来てくれた全国全てのみんな、心からありがとうございました!みんな大好きだー!!!!

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そんでもってツアーファイナル打ち上げっす!!!!
オバカもOK! それもOK! な時間がやってまいりましたよ
司会は制作のミッチーと、鬼奴ミキティーです♪♪
そこから流れ上、オサムさんがBINGO大会の司会に!

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僕にとっては、10年やってきて、歌にここまで真正面から向き合えたのは初めてでした。歌う事の難しさ、圧倒的な奥深さ、そして心からの楽しさを、身をもって体現した日々に感謝したいです。
この経験を次の楽曲制作や、レコーディングに生かしていきたいです!!!

このツアーに来てくれた全国全てのみんな、本当にありがとうございました!
また絶対に会える日を信じて、みんなのそれぞれの日々に沢山の幸せがありますように♪♪♪

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P.S ラスト更新遅れちゃってごめんなさい、これからも何か面白い事があったり、いい写真がとれたらブログ更新していくつもりでいるので楽しみにしていて下さいね♪

2010年12月 9日 (木)

12月8日

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長い長ーいツアーも残すところ後2本、いよいよ追加公演、東京NHKホールにやって参りました。
久しぶりに渋谷の街をぷらっと歩きました。当日も抜ける様な青空が広がっていて気持ちよかったですが、やっぱり人が多いですね♪♪♪

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今日の楽屋裏風景です!
J-WAVEから杉山さん(右)松尾さん(左)がライブを観に来てくれましたよ♪♪
何かやって下さいなんて無茶ぶりをしてしまって大変失礼しました、、が、やってくれてありがとうございました♪♪♪ロックな大人素敵っす!!!
杉山さんは地方も含めて沢山ライブを観に来てくれたり、大変音楽に詳しいので、おすすめを聞くのがいつもとっても楽しみです!
松尾さんは丁度1年前に行われた全国FM53局主催のミートザミュージック(六本木ビルボードライブ東京からの生ライブ)で大変お世話になりました。

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そして、ディスクガレージの渡辺さんと高田さんです。
渡辺さんはいつも本当に面白いです♪これは僕らの中でディスクの社風と言う事になっています。
紅一点、高田さんはクールなキャラの印象!ラストの打ち上げでその素顔に迫ろうと思います♪♪

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おっと!ライブ前のこの素敵なツーショット!!
二人とも男前です♪♪

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これは心霊写真ではありませんよ(笑)
林さんがすっぽりと隠れてしまっております♪
ライブ前の最後の身体の調整です♪♪♪

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そしてライブ終了後のオサムさん、ケイスケさん、皆川さん、河口さんです!!!
オサムさんが持っているのは超美味しいフルーツトマトです♪

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去年の紅白歌合戦以来、約1年ぶりのこの舞台♪
ステージから3階席まで独特の眺めですね。
東京のみんなありがとう!

2010年12月 8日 (水)

12月6日

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本日12月6日はとてもスペシャルな1日になりました!
10年前の今日、レミオロメンは結成されました。
当時の僕たちが10年後のレミオロメンを思い描く事が出来たかと言えば、
きっと出来なかったでしょう。20才当時、何をするにも頼りないし不安だらけだったけど、
バンドを組んで曲をつくる、一緒に音を鳴らす事が楽しくてしょうがなかった。
まるで初めて自分ってものを真正面から見つめたような
そこで出会った心の中の本物の気持ち
その想いを信じてこれて本当に良かったと思います。未来に対して何の保証もない中、
自分を信じて仲間を信じて進んでいくのは時に大きな不安との戦い、
だけど自分の人生を変えていくにはそれしかないのだと今は思います。
そして30歳になって、まだ変わりたい自分がいます。
もっと音楽に近付きたい、その先に出会える人たちと心から音楽を楽しみたい。
10周年に全都道府県でライブが出来た事は僕らの心の宝物になりました。

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そして今日はマネージャーの松石さんの誕生日でもあります♪
小林さんと出会って今の事務所に所属できた事を神様に感謝したいです。
当時、田舎者の僕らは(笑)、デビューする事がどういう事か、
具体的にどういう環境の変化が待っているのかまさに未知の世界でした。
そこに登場したハイパーな男がマネージャーの松石さんでした!
周りがまだ無理だろうと思っている事や、ネガティブな要素を幾つも振り切って、
僕らの音楽を誰よりも強く信じてくれ、様々な局面でバンドをグイグイ引っ張っていってくれました。
だからこそ一緒に見れた様々な景色、出会えた多くの人々が今のレミオロメンの宝物になっています。
僕らにとって時に親の様に、兄弟の様に、そしてともに悩み信じあい、いつも支えてくれております。
その先に僕らの音楽にふれてくれる人が一人でもいるなら、
僕らの音楽を心から楽しんでもらえる為に!
バンドと松石さんの誕生日が一緒なのはとっても深い縁だと思っています。
(でもここまで言っといて、オサの昔の日記に付けてあった結成日が違ってたら超ウケるんですけど、、、、笑)

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さー今日はWOWOW生中継もありましたよ♪
なのでいつもよりサウンドチェックが入念であったり、
ミーティングもしたり(気付いたらライブ前で一つ前のブログ書くのギリギリだった〜、、あぶね〜笑)

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ミーティングしているマエダさん、オサムさん♪♪

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そしていつも僕らのPVを撮ってくれている野田監督、
今回も放送の収録の監督も引き受けて下さいました!シャウト風です♪

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ちょっと驚いてる風の写真ですいませんWOWOW藤井さんです♪
前回の沖縄放送もお世話になりました♪♪♪

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そしてライブ前のオサ、ケイスケ、オレです♪♪♪
オサとオレは皆川さんが撮ってくれましたよ♪♪

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そして、追加公演NHKホールも頑張るぞ!と言う気持ちをしっかり頭にいれつつ(ほ、本当ですよ〜、、、、笑)、この日の打ち上げは凄かったなー!
写真選びには細心の注意をはらっていても、このおバカなクオリティー(笑)
(谷口さん、ヘアメイク杉本さん、河口さん、坂井さん、林さん、オサムさん)
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オサムさんは誕生日ケーキをがぶり!

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皆川さん、高さ凄いっす!(笑)

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坂井さん、、か、髪の毛が!(カリスマのイメージが、、、笑)

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YBS の秋山さんです(右です)

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翌日の1枚、今回のツアーは始めも終わりも地元山梨でした!
YBSの大木さん秋山さん沢山ありがとうございました♪♪♪

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音楽の底の深さ、素晴らしさ!凄いな〜♪♪♪

山梨のみんなありがとう!